

その他(そのほか)
柳沼源太郎(やぎぬまげんたろう)
地域(ちいき):
県中地域(けんちゅうちいき)市町村(しちょうそん):
須賀川市(すかがわし)カテゴリー:
その他(そのほか)生没年:
1875~1939時代:
明治(めいじ)~昭和(しょうわ)
人物紹介(じんぶつしょうかい)
柳沼源太郎(やぎぬまげんたろう)は、明治8(1875)年に須賀川市で生まれました。国指定名勝(くにしていめいしょう)となっている「須賀川牡丹園(ぼたんえん)」の基礎(きそ)をつくった人です。
牡丹園は、もともと伊藤祐倫(いとうゆうりん)という人が、薬となる牡丹を育てたのがはじまりでした。その後、牡丹畑は柳沼家にゆずりわたされ、薬として利用する目的から牡丹の花を楽しむためのものとなりました。源太郎は、お父さんのあとをついで、牡丹園の経営(けいえい)を引きつぎ、寝ることや食事を忘れるほど、心をこめて牡丹を育てました。
熱心(ねっしん)な源太郎の努力(どりょく)が実をむすび、須賀川の牡丹園は年々有名になり、昭和7(1932)年に国の名勝として指定されました。
その後、柳沼家だけで牡丹園を経営することはたいへん苦しくなりました。このため昭和32(1957)年から、牡丹園を財団法人化(ざいだんほうじんか)して源太郎のつくった牡丹園を管理(かんり)しています。
資料・他(しりょう・ほか)
『わたしたちの須賀川』須賀川市教育委員会発行『須賀川市人物読本「先人のあしあと」』須賀川市教育委員会発行
『須賀川市史 第7巻「文化と生活編」』須賀川市教育委員会発行
主な業績(おもなぎょうせき)
- 牡丹園の保存と管理に一生をささげました。後世に引きつぎ、須賀川市の観光・産業発展の原動力となりました。
- 全国唯一の国指定名勝(していめいしょう)「須賀川牡丹園」の基礎をきずきました。
のちに与えた影響(のちにあたえたえいきょう)
須賀川市の花として最大のシンボルなっており、まちづくりの中心となっています。また、牡丹園は地元の観光スポットとして多くの観光客を集まちの活性化につながっています。関連する史跡・施設(かんれんするしせき・しせつ)
- 須賀川牡丹園
全国唯一の国指定名勝の牡丹園です。 入園は4月中旬から6月末までは有料となります。 牡丹の見ごろは5月上旬・中旬です。 - 柳沼源太郎翁之像
昭和50年、(財)須賀川牡丹園保勝会の設立20周年を記念してたてられました。 【須賀川牡丹園内】
副読本(ふくどくほん)
関連文献(かんれんぶんけん)
詳しい情報の入手先(くわしいじょうほうのにゅうしゅさき)
- 須賀川市教育委員会
生涯学習課
電話:0248-88-9171 - 須賀川市役所
商工観光課
電話:0248-88-9144 - 須賀川牡丹園
電話:0248-73-2422
現地へ行くまでの交通案内(げんちへいくまでのこうつうあんない)
- 須賀川牡丹園
JR「須賀川駅」下車、竜崎経由石川行きバス「牡丹園」下車 「須賀川IC」から車で約10分
その他(そのほか)
教育委員会連絡先(きょういくいいんかいれんらくさき)

- 円谷英二(つぶらやえいじ)
- 牡丹こけし(ぼたんこけし)
- 仁井田田植え踊り(にいだたうえおどり)
- 藤沼湖自然公園(ふじぬまこしぜんこうえん)
- 宇津峰(うづみね)
- ふくしま森の科学体験センター(ムシテックワールド)(ふくしまもりのかがくたいけんせんたー(むしてっくわーるど))
※関連(かんれん)する項目(こうもく)を表示(ひょうじ)しています。
クリックするとその項目のページへジャンプします。