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文化・芸術(ぶんか・げいじゅつ)

市原多代女(いちはらたよじょ)

  • 地域(ちいき)

    県中地域(けんちゅうちいき)
  • 市町村(しちょうそん)

    須賀川市(すかがわし)
  • カテゴリー:

    文化・芸術(ぶんか・げいじゅつ)
  • 生没年:

    1776~1865
  • 時代:

    江戸時代(えどじだい)~江戸時代(えどじだい)

人物紹介(じんぶつしょうかい)

 安永(あんえい)5 (1776) 年に須賀川に生まれました。家業(かぎょう)のつくり酒屋をついだ多代女(たよじょ)は31歳のときに夫を病気で亡くし、とても苦労しました。そんなとき、近くに住んでいた俳人の石井雨考(いしいうこう)に指導を受け、俳句をはじめました。家の仕事をしながら、俳句の勉強を熱心に行い、全国的にも有名な女流俳人(じょりゅうはいじん)のひとりとなりました。90歳で亡くなるまでに、4,000以上の俳句を世に残しました。「浅香市集(あさかいちしゅう)」はその代表作のひとつです。また、多代女は一生を通じて、松尾芭蕉(まつおばしょう)を尊敬(そんけい)し、その伝統(でんとう)を残そうとしました。「奥の細道」で須賀川をおとずれた松尾芭蕉の俳句を、のちの人に伝えるため、俳句の碑(ひ)をいくつも建てたり、弟子を育てたりして地元の俳句の発展(はってん)に一生をささげました。

資料・他(しりょう・ほか)

『わたしたちの須賀川』須賀川市教育委員会発行
『須賀川市人物読本「先人のあしあと」』
 須賀川市教育委員会発行
『福島県人物風土記』 暁教育図書株式会社発行
『須賀川市史 第7巻「文化と生活編」
 須賀川市教育委員会発行

主な業績(おもなぎょうせき)

のちに与えた影響(のちにあたえたえいきょう)

 須賀川市の俳諧(はいかい)は現在にいたるまで受けつがれ、多くの俳人を生み出しました。「桔槹吟社(きっこうぎんしゃ)」が、その伝統を受けつぎ、須賀川市の俳句振興(しんこう)の指導的役割をになっています。また、市内22か所に「俳句ポスト」を設置しており、市内外の俳句作品を表彰して、俳句振興につとめています。

関連する史跡・施設(かんれんするしせき・しせつ)

  • 市原多代女句碑 (くひ)
    多代女の弟子たちによって建てられました。 十念寺(じゅうねんじ)境内にあります。

副読本(ふくどくほん)

関連文献(かんれんぶんけん)

    詳しい情報の入手先(くわしいじょうほうのにゅうしゅさき)

    • 須賀川市教育委員会 生涯学習課
      電話:0248-88-9171
    • 須賀川市立博物館
      電話:0248-75-3239

    現地へ行くまでの交通案内(げんちへいくまでのこうつうあんない)

    • 市原多代女句碑 (十念寺境内)
      JR「須賀川駅」から徒歩約20分  「須賀川IC」から車で約10分

    その他(そのほか)

    教育委員会連絡先(きょういくいいんかいれんらくさき)

    「岩代のたよ女」太田聴雨 画

    市原多代女が建立した芭蕉の句碑(十念寺境内)

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