

教育(きょういく)
円谷幸吉(つぶらやこうきち)
地域(ちいき):
県中地域(けんちゅうちいき)市町村(しちょうそん):
須賀川市(すかがわし)カテゴリー:
教育(きょういく)生没年:
1940~1968時代:
昭和(しょうわ)~昭和(しょうわ)
人物紹介(じんぶつしょうかい)
円谷幸吉(つぶらやこうきち)は、昭和15(1940)年に須賀川に生まれました。小さいときから、お父さんの影響(えいきょう)もあり、礼儀(れいぎ)正しく、なにごとも最後(さいご)までやりとげる子どもでした。
高校に入ってからは陸上競技部(りくじょうきょうぎぶ)に入り、毎日きびいしい練習(れんしゅう)を重ねました。卒業後は陸上自衛隊(じえたい)に入隊(にゅうたい)し、そこでも陸上競技の練習を続けました。昭和36(1961)年の青東駅伝(あおとうえきでん)では3区間を走り、すべて区間新記録(しんきろく)を出すなど、すばらしい成績(せいせき)を残しました。
昭和39(1964)年、東京オリンピックのマラソン選手(せんしゅ)として出場し、陸上競技で日本でただひとつのメダル【銅メダル】を獲得(かくとく)し、日本中をわかせました。このときのすばらしい走りは、今でも語りつがれています。
現在、「円谷幸吉メモリアルマラソン」が毎年行われ、全国から多くのランナーが集まり、円谷幸吉選手の偉業をたたえています。
資料・他(しりょう・ほか)
『わたしたちの須賀川』須賀川市教育委員会発行『須賀川市人物読本「先人のあしあと」』須賀川市教育委員会発行
『福島県人物風土記』 暁教育図書株式会社発行
『須賀川市史 第7巻「文化と生活編」』 須賀川市教育委員会発行
主な業績(おもなぎょうせき)
陸上競技を目指す子どもたちの手本となり、多くの優秀(ゆうしゅう)なランナーがうまれました。のちに与えた影響(のちにあたえたえいきょう)
関連する史跡・施設(かんれんするしせき・しせつ)
- 円谷幸吉記念館
円谷幸吉の生家に家族が幸吉の遺品(いひん)を展示公開しています。 (市内大町) ※ふだんは無人のため入館希望の場合は、事前に連絡が必要となります。 連絡先:円谷喜久造 住所:須賀川市大町446 電話:0248-75-5395
副読本(ふくどくほん)
関連文献(かんれんぶんけん)
詳しい情報の入手先(くわしいじょうほうのにゅうしゅさき)
- 須賀川市教育委員会
生涯学習課
電話:0248-88-9171 - 円谷幸吉メモリアルホール
(須賀川アリーナ)
電話:0248-76-8111
現地へ行くまでの交通案内(げんちへいくまでのこうつうあんない)
その他(そのほか)
教育委員会連絡先(きょういくいいんかいれんらくさき)

- 柳沼源太郎(やぎぬまげんたろう)
- 松明あかし(たいまつあかし)
- 藤沼湖自然公園(ふじぬまこしぜんこうえん)
- 仁井田田植え踊り(にいだたうえおどり)
- 牡丹こけし(ぼたんこけし)
- 亜欧堂田善(あおうどうでんぜん)
※関連(かんれん)する項目(こうもく)を表示(ひょうじ)しています。
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