人物"/ 県北地域アイコン

文化・芸術(ぶんか・げいじゅつ)

高橋丑太郎(たかはしうしたろう)

  • 地域(ちいき)

    県北地域(けんぽくちいき)
  • 市町村(しちょうそん)

    大玉村(おおたまむら)
  • カテゴリー:

    文化・芸術(ぶんか・げいじゅつ)
  • 生没年:

    1909~1968
  • 時代:

    明治(めいじ)~昭和(しょうわ)

人物紹介(じんぶつしょうかい)

高橋丑太郎(たかはしうしたろう)は、大玉村の郷土史家(きょうどしか)です。古墳(こふん)が多くある土地で育ったため、小さい頃から考古学に興味(きょうみ)を持ち、後に『福島県考古学会』会員としても活躍(かつやく)しました。特に昭和20年から30年代にかけ、大玉村でも大きな機械(きかい)を使い田畑の整備(せいび)が行われましたが、その工事を止めさせて土器をひろい集めることもありました。この努力(どりょく)により、大玉村の古代(こだい)からの歴史(れきし)を明らかにすることができました。また、大玉村史の執筆(しっぴつ)にたずさわり、大玉村歴史民俗資料館(れきしみんぞくしりょうかん)「あだたらふるさとホール」のために考古資料を提供(ていきょう)してくれました。

資料・他(しりょう・ほか)

おおたま学

主な業績(おもなぎょうせき)

  • 大玉村広報に『村の遺跡(いせき)をたずねて』を14回にわたり掲載しました。
  • 『大玉村史』の執筆をおこないました。
  • 大玉村歴史民俗資料館『あだたらふるさとホール』に考古資料を提供しました。

のちに与えた影響(のちにあたえたえいきょう)

関連する史跡・施設(かんれんするしせき・しせつ)

副読本(ふくどくほん)

関連文献(かんれんぶんけん)

詳しい情報の入手先(くわしいじょうほうのにゅうしゅさき)

大玉村教育委員会 生涯学習課

現地へ行くまでの交通案内(げんちへいくまでのこうつうあんない)

その他(そのほか)

教育委員会連絡先(きょういくいいんかいれんらくさき)

大玉村

高橋丑太郎

『福島県史6 考古資料編』 高橋氏採集

あだたらふるさとホール

検索結果へ戻る(けんさくけっかへもどる)