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政治(せいじ)

安瀬敬蔵(あんぜけいぞう)

田村市
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    県中地域(けんちゅうちいき)
  • 市町村(しちょうそん)

    田村市(たむらし)
  • カテゴリー:

    政治(せいじ)
  • 生没年:

    1841~1908
  • 時代:

    江戸時代(えどじだい)~明治(めいじ)

人物紹介(じんぶつしょうかい)

 田村郡堀田村【現在の田村市常葉町(ときわまち)】の庄屋(しょうや)【江戸時代の村長のこと】に生まれました。明治維新(めいじいしん)後の明治6年、河野広中(こうのひろなか)が常葉区の会長のだったときに副区長として活躍(かつやく)しました。明治11年、安瀬敬蔵(あんぜけいぞう)が喜多方の戸長(こちょう)【現在の町長や村長】だった時代には、河野広中の指導(しどう)により喜多方に「愛国社(あいこくしゃ)」をつくりました。これにより、喜多方地方に民権運動(みんけんうんどう)がうまれ、自由党の力が大きい地域になったのは、安瀬敬蔵の教えによるところが大きいでしょう。
 会津の道路問題で反対する立場にいたため当局(とうきょく)から敵(てき)として見られ、明治15年11月に喜多方事件が起こる前の3月に牢屋(ろうや)に入れられ、その後釈放(しゃくほう)されましたが、赤井景照(あかいかげあき)の国事犯事件(こくじはんじけん)のときにふたたび逮捕(たいほ)されました。証拠(しょうこ)はないものの、警察(けいさつ)は他にも罪(つみ)があるとして、外に出ることを許しませんでした。1年後に釈放されましたが、その後明治19年の加波山事件(かばさんじけん)の時に、三浦文次(みうらぶんじ)をかくしていたとしてふたたび逮捕されました。
 安瀬は昼も夜も探偵(たんてい)に監視(かんし)されていたといいます。河野と安瀬は自由民権をとなえる重要な人物として、警察では、つねに二人を離(はな)すようにしていたと思われます。

資料・他(しりょう・ほか)

『常葉町史』
『自叙伝』 明治41年

主な業績(おもなぎょうせき)

    のちに与えた影響(のちにあたえたえいきょう)

    関連する史跡・施設(かんれんするしせき・しせつ)

    副読本(ふくどくほん)

    関連文献(かんれんぶんけん)

    詳しい情報の入手先(くわしいじょうほうのにゅうしゅさき)

    田村市教育委員会

    現地へ行くまでの交通案内(げんちへいくまでのこうつうあんない)

    その他(そのほか)

    教育委員会連絡先(きょういくいいんかいれんらくさき)

    田村市

    安瀬敬蔵

    安瀬敬蔵 自叙伝

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