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伝統行事(でんとうぎょうじ)

裸参り(はだかまいり)

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紹介説明(しょうかいせつめい)

 裸参り(はだかまいり)は、旧暦(きゅうれき)1月8日に行われる浪江町権現堂(ごんげんどう)地区の火伏せ(ひぶせ)【火災(かさい)がおこらないように行う】の祭りです。
 現在、浪江町の中心街となっている権現堂地区は、江戸時代には高野町(こうやまち)という宿場町(しゅくばまち)でした。東西に長い街なみ【現在の国道114号 権現堂(ごんげんどう)地区の町場(まちば)地内から本城(もとじょう)地内】であったため、冬の季節風(きせつふう)によりたびたび火災に見まわれました。寛政(かんせい)のころ(18世紀末)、宿場の名を高野から浪江にあらためましたが、これは、火災からまぬがれるため水にゆかりの深い名をえらんだのだとの言い伝えがあります。
 江戸時代の終わりごろ、安政(あんせい)6(1859)年にも大きな火災があり、宿場のほとんどを焼きつくしました。そこで、この火災の後、街なみを南北に長く作り直し、宿場の場所をかえました。こうしてできたのが、現在の新町通りです。
 裸参り(はだかまいり)は、二度と火災の被害(ひがい)にあわないことをいのるため、宿場の場所をかえた後に、若頭(わかがしら)【若者組(わかものぐみ)の頭(かしら)】の吉田喜八(よしだきはち)という人のよびかけではじめられ、今日までとぎれることなく受けつがれています。
 祭り当日の朝、100名近い青年男子が、白はちまきに榊(さかき)の小枝(こえだ)をさし、さらしで作った白襦袢(しろじゅばん)に白足袋(しろたび)というすがたで、浪江神社に集まり宮司(ぐうじ)のおはらいを受けます。この後、若者(わかもの)たちは「ワッショイ、ワッショイ」のかけ声もいさましく、冬の冷たい風の中、列を作って新町通りをはじめ町の目ぬき通りをおよそ4kmにわたりかけぬけます。このとき、道ぞいの家々では桶(おけ)にきれいな水をじゅんびしておき、走りぬける若者たちに柄杓(ひしゃく)を使ってえんりょなく浴びせかけます。若者たちは、ずぶぬれとなってひた走ります。
 この祭りは、消防(しょうぼう)の役わりを持っていた若者組によりはじめられたため、現在では、浪江町消防団(しょうぼうだん)が受けついでいます。

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裸参り

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