伝承昔話（でんしょうむかしばなし）

咲かずのフジ（安珍と清姫）（さがずのふじ　あんちんときよひめ）

地域（ちいき）：
県南地域（けんなんちいき）
市町村（しちょうそん）：
白河市（しらかわし）
カテゴリー：
伝承昔話（でんしょうむかしばなし）

紹介説明（しょうかいせつめい）

　この「咲かずのフジ」には、「安珍(あんちん)と清姫(きよひめ)」の話が言い伝えられています。

　昔、この土地に安珍とよばれる若(わか)くて美しいお坊(ぼう)さんがいた。安珍の家は、この近くの寺をおさめる一番高い位(くらい)にあった。
　ある年、安珍は、寺をおさめるのにふさわしいりっぱなお坊さんになるため、紀州(きしゅう)【今の三重県・和歌山県地方】の熊野神社(くまのじんじゃ)に向かい、修行(しゅぎょう)の旅に出た。
　紀州に着き、ある寺にとまることになった。この寺の主人の清司(きよし)は、はるばる白河(しらかわ)から修行にやってきた安珍の真心(まごころ)に感心した。そこで、旅のつかれが取れるように、ていねいにもてなしてやった。
　清司には、一人娘(ひとりむすめ)の清姫がいた。清姫は、安珍の話を聞いたり、もてなしたりしているうちに、いつしか安珍をしたうようになっていた。
　安珍が、熊野(くまの)【今の和歌山県本宮町(ほんぐうまち)】に出発しようとした朝のことだった。清姫が安珍のそばに走りより、
「私の家では、これまで、どんな旅人(たびびと)もおとめしたことがございません。あなたが父にゆるされてとまられたのは、二人を一緒(いっしょ)にさせるための神様のおつげにちがいありません。」と、自分の気持ちを打ち明けたのだった。安珍は、こまって、どんな言葉をかけたらよいのかまよってしまった。しかし、清姫のしんけんな言葉と真心に心をうたれ、清姫と一緒になることを約束(やくそく)してしまった。
　安珍は、
「首尾(しゅび)よく修行が終わりましたら、あなたをむかえにまいります。」と言って熊野神社へ向かって出発した。
　熊野神社についてからは、二十一日間の修練(しゅうれん)をつみ、無事に修行が終わった。
　熊野神社をあとにして、白河に足を向けることになった。帰り道、いろいろと考えながら歩いた。そして、白河に帰って、近くのお寺をおさめるためには、もっときびしい修行をしなければならないのではないか、という考えがつくようになった。しかし、修行をえらべば、清姫との約束をやぶらなければならない。安珍は、修行か、清姫との約束か、どちらをえらんだらよいかまよった。安珍は、心をしずめて考えに考えて、清姫との別れを心に決めた。そして、とちゅうの日高川(ひだかがわ)【和歌山県西部】を船でわたるとき、船頭(せんどう)に
「私が川をわたった後に、わかい姫(ひめ)が追ってくるから、その時は船を出さないでください。」とたのみ、白河に向かった。
　一方、清姫は、安珍が修行が終わってももどらないので、おかしいと思い、その後を急いで追いかけた。
　日高川にたどり着いたとき、船頭から船は出せないとことわられた。安珍にうらぎられたことを知った清姫は、みるみるうちに、一匹(ぴき)の大蛇(だいじゃ)に代わり、はげしく流れている日高川をわたった。
　安珍は、歩き続け、その日、道成寺(どうじょうじ)【今の和歌山県日高町(ひだかまち)】にたどり着いた。そして、お坊さんの俊弁(しゅんべん)に清姫とのできごとを話し、身をかくさせてもらうようにたのんだ。俊弁は、さっそく大ぜいのお坊さんに命じて、寺の釣鐘(つりがね)をおろさせた。そして、その中に安珍をかくまった。
　大蛇になった清姫は、一気に道成寺の石だんをはい登り、
「安珍様をなぜかくしたのですか。おうらみ申します。」と、言ったかと思うと、釣鐘にまきつき、全身から真っ赤な炎(ほのお)を出し、四時間あまり、しっぽで鐘(かね)をめった打ちに打ち続けた。
　やがて大蛇は、首をうなだれ、寺の前の池に身を投げてしまった。われに返ったお坊さんたちは、急いで釣鐘をとって見ると、安珍の体は、すでに白い骨(ほね)ばかりになっていた。
　このことがあってから、安珍の生まれた白河の大清水(おおしみず)の村に、一本のフジが生えた。そして、木にからみつきながら育った。夏の初めになると、したたるような若葉(わかば)におおわれるが、ふしぎなことに、一度も花をつけたことがなかったと言われている。
　そして、村の人たちがだれ言うともなく、このフジは、清姫がすがたをかえたもので、うらみをこめて死んでいった清姫のたたりで花がさかないのだと、伝えられるようになった。