

文化・芸術(ぶんか・げいじゅつ)
卯 香 女(うこめ)

地域(ちいき):
県北地域(けんぽくちいき)市町村(しちょうそん):
川俣町(かわまたまち)カテゴリー:
文化・芸術(ぶんか・げいじゅつ)生没年:
1817~1896時代:
江戸時代(えどじだい)~明治(めいじ)
人物紹介(じんぶつしょうかい)
佐藤リサ【通称(つうしょう)卯香女(うこめ)】は、1817年に川俣町に生まれました。俳人(はいじん)の佐山頼史(さやまよりふみ)【号 長山(ごう ながやま)】の妻となり、ともに作品を作りました。そのうちの一つが「富貴(ふうき)と孔雀(くじゃく)」の大絵馬(おおえま)で、神社にそなえました。当時、孔雀を絵馬の題材(だいざい)として取り上げたのは卯香女が初めてでした。その後、新潟県に行き、文化制作活動(ぶんかせいさくかつどう)を続けました。しかし夫である長山が亡くなってから、卯香女は川俣にもどり絵をかき続けました。また、卯香女は、絵をかきながら若い人達40~50人を集め書道・絵画・裁縫(さいほう)を教えていました。若いときは花鳥(かちょう)、人物が得意(とくい)でした。卯香女は、65才の時に第一回内国絵画共進会(ないこくかいがきょうしんかい)に「菊(きく)と芙蓉(ふよう)」と「玉堂富貴(ぎょくどうふうき)」の作品を出品し入選(にゅうせん)しました。
資料・他(しりょう・ほか)
『川俣町の文化財』主な業績(おもなぎょうせき)
のちに与えた影響(のちにあたえたえいきょう)
卯香女の絵馬は川俣町文化財に指定されています。関連する史跡・施設(かんれんするしせき・しせつ)
- 卯香女の拝墓碑
(はいぼひ)
明治29年12月、なくなった後に弟子たちが建てました。
副読本(ふくどくほん)
関連文献(かんれんぶんけん)
詳しい情報の入手先(くわしいじょうほうのにゅうしゅさき)
- 佐藤 隆(川俣町在住)
卯香女の生家(せいか)
現地へ行くまでの交通案内(げんちへいくまでのこうつうあんない)
その他(そのほか)
教育委員会連絡先(きょういくいいんかいれんらくさき)

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