文化・伝統 県南地域アイコン

文化財(ぶんかざい)

小峰城跡(こみねじょうあと)

  • 地域(ちいき)

    県南地域(けんなんちいき)
  • 市町村(しちょうそん)

    白河市(しらかわし)
  • カテゴリー:

    文化財(ぶんかざい)

紹介説明(しょうかいせつめい)

 小峰城(こみねじょう)【白河城(しらかわじょう)】は、源頼朝(みなもとのよりとも)の家来(けらい)で、今の茨城県から来た結城氏(ゆうきし)という武士(ぶし)の子孫(しそん)が1300年代の中ごろに作った城(しろ)です。
 結城氏が、天下(てんか)を取った豊臣秀吉(とよとみひでよし)により白河を追われてからは、会津藩(あいづはん)の大名(だいみょう)の蒲生氏(がもうし)と上杉氏(うえすぎし)が、家来をおいて支配(しはい)しました。
 そのあと、寛永(かんえい)4(1627)年に、丹羽長重(にわながしげ)という城づくりの上手な大名が白河に入り、白河は会津藩から独立(どくりつ)して白河藩(しらかわはん)がおかれました。丹羽家のあとは、榊原家(さかきばらけ)・本多家(ほんだけ)・松平定信(まつだいらさだのぶ)の松平家(まつだいらけ)や阿部家(あべけ)など、6つの家がこの城で政治(せいじ)を行いました。
 小峰城は今からおよそ140年ほど前に起こった、江戸から明治へとうつり変わるときの戊辰戦争(ぼしんせんそう)で焼け落ちてしまいました。しかし、白河市のシンボルである三重櫓(さんじゅうやぐら)と前御門(まえごもん)は、平成になって江戸時代の絵図をもとに、木材で元のすがたそっくりに建て直されました。

資料・他(しりょう・ほか)

詳しく調べるために(くわしくしらべるために)

<詳しい情報の入手先>
・白河市教育委員会 文化財課
 電話:0248-27-2310

<直接現地へ行くまでの交通案内>
・東北自動車道「白河中央IC(ETC専用)」より車で10分
・JR「白河駅」より徒歩5分

その他(そのほか)

市指定史跡(昭和36年指定)

関連ホームページ(かんれんホームページ)

ムービー

関係記事(かんけいきじ)

※関連(かんれん)する項目(こうもく)を表示(ひょうじ)しています。
クリックするとその項目のページへジャンプします。

検索結果へ戻る(けんさくけっかへもどる)