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伝承昔話(でんしょうむかしばなし)

天狗のいけにえ(てんぐのいけにえ)

鮫川村
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    鮫川村(さめがわむら)
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    伝承昔話(でんしょうむかしばなし)

紹介説明(しょうかいせつめい)

 鮫川村には、村の名前にもなっている鮫川(さめかわ)という川が流れています。阿武隈山地(あぶくまさんち)の山々の谷を流れる鮫川は、やがて、いわき市へ流れ、太平洋にそそいでいます。
 鮫川村は山の多いところで、その山のところどころには、昔から小さな温泉(おんせん)がいくつもあります。今でも前沼の湯(まえぬまのゆ)・道少田の湯(どうしょうたのゆ)・強滝の湯(こわだきのゆ)など、たくさんの「お湯」がのこっています。

 昔、鮫川村の東南の山おくに、「東野の湯の上の湯」という小さな温泉があった【現在の赤坂東野(あかさかひがしの)、湯ノ田の上ノ湯ではないかと思われます】。この温泉には、近くの村人たちが山仕事の一段落ついたときとか、つかれて体の具合がよくないときなどに来て、ゆっくりと体を休めていた。だから、お客たちもほとんど顔見知りの人たちだ。
 しかし、「あそこのお湯は、神経痛(しんけいつう)にいい。」とか、「つかれが取れる。」などと伝え聞いた人たちが、遠くのほうから温泉に来ることもたまにはあった。
 さて、鮫川の山々が青々とした緑におおわれる五月の終わりごろ、上ノ湯に、親子二人のお客がやってきた。上ノ湯が、「体の弱い者に、とってもよくきく。」という話を聞いて、十一歳(さい)になる男の子と母親は、山また山をこえて、はるばるとやってきたのだった。
 それからというもの、見るからに体の弱そうな男の子に母親がよりそって、上ノ湯の近くをさんぽしていた。
 母は、いつもやさしい心づかいで子どもをいたわり、男の子も母の言うことをよく聞いていた。この親子の様子を見たり、聞いたりした温泉のお客や村人たちは、みな感心していた。
 男の子は、日一日と体が丈夫(じじょうぶ)になってきた。青白かったほおも生き生きとし、体も少しずつ太ってきた。はじめに来たときには歩くのもやっとだったのが、今では山をかけ回るほどだった。他の客たちは、
「ぼっちゃんが、ほら、あんなに元気になって。」と、自分のことのようによろこんでいた。母のよろこびようもたいへんなもので、
「このお湯にきて、本当によかった。みなさんのおかげです。」と、前にもまして、子どもをかわいがっていた。
 ところが、ある日突然(とつぜん)、この温泉のお湯が出なくなってしまった。上ノ湯の主人(しゅじん)はもちろん、お客や村人たちは、
「どうしたことだろう。こまったものだ。」
「山くずれでも、起きたのかな。」
「何か変わりごとが、起こるのかな。」
「何事もなければよいが。」と、よるとさわると、こんな話をしていた。
 そのうちに、だれ言うとなくこういう話が人々のあいだに広がっていった。
「ここのお湯が出なくなったわけは、山の神のたたりだそうだ。」
「もし、今年十一になる男の子を山の天狗様(てんぐさま)のいけにえとしてささげれば、お湯は元のとおりに出る。」
 さて、山おくの小さな村だから、どこにいくつになる子どもがいるか、みな知っている。この話を聞いて、母親はびっくりしてしまった。それもそのはず、十一歳になる男の子、それはわが子だけだった。
 母は、おそろしさのあまり、夜もねむれなかった。そして、何も知らずにねむっているわが子を、しっかりとだきしめるのだった。しかし夜明け方、母親が心配とつかれからうとうとした一瞬(いっしゅん)、はっと目を覚ました母のそばに男の子のすがたはなかった。
「だれか、だれか。」と、部屋をとび出した母は、
「どなたか、私の子どもを見かけませんでしたか。」
「私の子どもを、知りませんか。」と、それはもう気がふれたように、お客の一人一人、村人の一人一人にたずね回ったが、みんなだまって首をふるばかりであった。母は、上ノ湯の近くはもちろん、まわりの山々など、ありとあらゆる所をさがしたが、ついに男の子はもどらなかった。
 そしてお湯は元どおり、こんこんとわき出るようになった。村人たちは、
「あの子は、やっぱり山の天狗(てんぐ)に取られてしまった。」
「かわいそうになぁ。」と、うわさしあった。
 母親は、わが子の名もわすれてしまったのか、
「じゅういち、十一。」とさけびつづけるのであった。お客たちは、ふたたびわき出たお湯に入りながらなんとも悲しい思いをおさえることができなかったが、どうすることもできなかった。
 そして、人々の耳にどこからともなく、
「十一、十一(じゅういち、じゅういち)。」という、悲しげにうったえるような声が聞こえてくる。母は、帰らぬわが子をさがしもとめて東野(ひがしの)をさまよい、ついには鳥となって、若葉(わかば)のころになると、
「十一、十一。」と鳴くといわれている。

 この天狗が住んでいたと伝えられるところは、鮫川村赤坂東野のわらびの草というところで、鮫川の上流にかかっている「天狗橋(てんぐばし)」がのこっています。天狗橋は、長さ5m、幅(はば)2m、厚(あつ)さ1,5mの大きな一枚岩(いちまいいわ)でできています。
 今ではおとずれる人もなく、山の中にコケむして鮫川の流れをしずかに見守っています。

資料・他(しりょう・ほか)

『福島の伝説』 福島県国語教育研究会編集

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