医学・科学(いがく・かがく)
中村善右衛門(なかむらぜんうえもん)
地域(ちいき):
県北地域(けんぽくちいき)市町村(しちょうそん):
伊達市(だてし)カテゴリー:
医学・科学(いがく・かがく)生没年:
1809~1880時代:
江戸時代(えどじだい)~明治(めいじ)
人物紹介(じんぶつしょうかい)
中村善右衛門(なかむらぜんうえもん)は1809年、伊達郡梁川村【現在の伊達市梁川町】の養蚕農家(ようさんのうか)だった二代目善右衛門の長男として生まれました。当時、梁川地方では農家のほとんどが養蚕を行っており、蚕(かいこ)を「蚕様(かいこさま)」とよんでいました。
江戸時代の養蚕は清涼育(せいりょういく)とよばれる方法が一般的(いっぱんてき)でしたが、低温の時は時間も人手もかかるうえに繭(まゆ)の質(しつ)も悪くなりました。一方、蚕室(さんしつ)を暖める温暖育(おんだんいく)が飼育期間(しいくきかん)を短くさせるとともに、繭質(まゆしつ)を安定させることが経験上(けいけんじょう)知られていました。しかし、温度管理(おんどかんり)は人のカンにたよらなければならなかったため、失敗(しっぱい)も多くありました。
ある日、善右衛門がかぜで診察(しんさつ)を受けた時に見た体温計(たいおんけい)にヒントを得て、改良(かいりょう)を重ね蚕当計(さんとうけい)を考えました。蚕当計の手引書(てびきしょ)『蚕当計秘訣(ひけつ)』を発行(はっこう)し、温暖育の普及(ふきゅう)をはかりました。
資料・他(しりょう・ほか)
『人づくり風土記』 社団法人農山漁村文化協会 1990年『-わたしたちの梁川町-社会科しりょう』 梁川町教育委員会
「中村善右衛門」(ビデオテープ)
『蚕当計秘訣』 中村善右衛門
『梁川町史』 第2巻「近世」 梁川町 1999年
『温度をはかる』 (株)仮説社 2002年
主な業績(おもなぎょうせき)
のちに与えた影響(のちにあたえたえいきょう)
蚕当計がひろまったことで蚕室の温度調節ができるようになり、繭(まゆ)の品質が向上しました。関連する史跡・施設(かんれんするしせき・しせつ)
副読本(ふくどくほん)
関連文献(かんれんぶんけん)
詳しい情報の入手先(くわしいじょうほうのにゅうしゅさき)
- 伊達市保原歴史文化資料館
電話:024-575-1615
現地へ行くまでの交通案内(げんちへいくまでのこうつうあんない)
- 安養寺
阿武隈急行線「やながわ希望の森公園前駅」から徒歩約10分
その他(そのほか)
教育委員会連絡先(きょういくいいんかいれんらくさき)
- 霊山(りょうぜん)
- 蠣崎波響(かきざきはきょう)
- 向川原観音様の獅子踊(むこうがわらかんのんさまのししおどり)
- 佐藤忠望(さとうちゅうぼう)
- 下手渡藩天平陣屋跡(しもてどはんてんだいらじんやあと)
- 新井石禅(あらいせきぜん)
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