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医学・科学(いがく・かがく)

田口留兵衛(たぐちるへえ)

伊達市(だてし)

1801〜1864

江戸時代(えどじだい)〜江戸時代(えどじだい)

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人物紹介(じんぶつしょうかい)

 田口留兵衛(たぐちるへえ)は1801年、伊達郡梁川村【現在の伊達市梁川町】の養蚕農家(ようさんのうか)田口家に生まれました。田口家は代々養蚕家として知られ、1775年頃から秘伝(ひでん)の温暖飼育(おんだんしいく)を行っていました。留兵衛は1835年頃に蚕室(さんしつ)をあたためるための炉(ろ)をつくり、蚕(かいこ)の飼育期間(しいくきかん)を28日にちぢめることに成功(せいこう)し、これを温暖育(おんだんいく)と名づけ世の中に広めようとしました。
 後に中村善右衛門(なかむらぜんえもん)が考えた蚕当計(さんとうけい)を使い蚕の成長(せいちょう)と温度(おんど)の関係を研究(けんきゅう)し、温暖育を確実(かくじつ)に実践(じっせん)できるものとして養蚕業を発展(はってん)させました。温暖育の技術(ぎじゅつ)は、この地方の養蚕発展に役立ちました。

資料・他(しりょう・ほか)

『福島県人物風土記』 暁教育図書 1982年
『福島県史 第22巻 人物編』
『日本農書全集35』養蚕秘録・蚕飼絹篩大成・蚕当計秘訣』
 社団法人農山漁村文化協会 1981年
『梁川町史 第2巻「近世」』 梁川町 1999年
『日本歴史大辞典』 河出書房新社 1985年

のちに与えた影響(のちにあたえたえいきょう)

 温暖育の技術は労働力の効率を高め、その結果、農業生産力が向上しました。

詳しい情報の入手先(くわしいじょうほうのにゅうしゅさき)

伊達市教育委員会電話:024-577-3245

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