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その他(そのほか)

齋藤彦内(さいとうひこない)

伊達市(だてし)

〜1750

江戸時代(えどじだい)〜江戸時代(えどじだい)

三義民の碑
三義民の碑

義民 斎藤彦内の墓
義民 斎藤彦内の墓


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人物紹介(じんぶつしょうかい)

 江戸時代中期の寛延(かんえん)2(1747)年の冷害は、「田方立毛青立」【田畑の作物がまったく実らない】と記録されたほどの大凶作(だいきょうさく)でした。福島藩などでは年貢(ねんぐ)を少なくしましたが、当時この信達(しんたつ)地方を治めていた桑折の代官所では、逆に年貢米を増やすよう農民に指示しました。農民は餓死(がし)寸前(すんぜん)となり、のちに「天狗廻状騒動(てんぐかいじょうそうどう)」といわれる大きな百姓一揆(ひゃくしょういっき)が起こります。長倉村【旧伊達町】の農民の組頭(くみがしら)だった齋藤彦内は、この一揆の中心人物の一人でした。一揆のあと、彦内は農民たちへの代官所のきびしい取調べを見かね「自分が言い出したことで他の人たちには罪(つみ)がない」と名乗り出て、きびしい拷問(ごうもん)の末、旧伊達町と桑折町との境の川原で処刑(しょけい)されました。
 現在、旧伊達町の福源寺に義民(ぎみん)【正義(せいぎ)のために身を捨ててはたらく人】としてまつられています。

資料・他(しりょう・ほか)

『義民 齋藤彦内案内のしおり』 伊達町教育委員会発行
『わたしたちの伊達町』 小学校副読本
『天狗廻状』 半井桃水著 伊達町文庫

のちに与えた影響(のちにあたえたえいきょう)

 毎年4月17日には福源寺にて、顕彰会(けんしょうかい)による供養(くよう)がおこなわれています。

関連する史跡・施設(かんれんするしせき・しせつ)

齋藤彦内の墓
(はか)
供養のため建てました。
三義民の碑(ひ)大正7年、天狗廻状の映画化により、長岡村中心の有志の人々が建てました。

詳しい情報の入手先(くわしいじょうほうのにゅうしゅさき)

伊達市教育委員会 電話:024-577-3245
福源寺【住所:伊達市下志和田31】

現地へ行くまでの交通案内(げんちへいくまでのこうつうあんない)

福源寺JR「伊達駅」から徒歩約10分

関連HPへ(かんれんホームページへ)

伊達市のHP

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